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金沢地方裁判所 昭和60年(ワ)379号 判決

原告 三愛興業有限会社

右代表者代表取締役 中村清治

右訴訟代理人弁護士 青山嵩

被告 津幡町

右代表者町長 矢田剛

右訴訟代理人弁護士 中山博之

同 若杉幸平

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金一五〇〇万円及びこれに対する昭和五九年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五四年一二月から旅館業を営み、石川県河北郡津幡町字太田ろ二六八番地において、昭和五五年四月二八日にホテルクィーンの名称で旅館(二階建)を建築して営業をしている。

2  右旅館の敷地面積は一一五七平方メートル、建物延面積は八二四平方メートルであるが、原告は、右旅館について、従来駐車場にしていた土地八六七平方メートル上に八二六平方メートルの建物を増築することを計画し、昭和五八年六月二五日、建築基準法六条に基づいて、津幡町長矢田剛に石川県建築主事(以下「県建築主事」という。)宛の建築確認申請書を提出し、県建築主事に進達するよう求めた。なお、右申請書を津幡町長に提出したのは、津幡町が建築主事を置いていないため、従来の慣行によってそのようにしたものである。

3  これに対して、津幡町長は、昭和五八年七月一一日付で津幡町社会環境整備等に関する条例(昭和五四年七月二日条例第一〇号、以下「本件条例」という。)に基づき建築の中止を勧告したが、原告が右条例が憲法や法令に違反しているとしてこれに応じなかったため、津幡町長は、同年八月九日、前記建築確認申請書の受理について、その前提として、原告に対し、都市計画法二九条に基づく開発行為許可申請及び昭和五一年九月三〇日付五一構改B一九三九号農林省構造改善局長通達(以下「本件構造改善局長通達」という。)に基づく農地法四条の農地転用許可後の事業計画変更承認申請をして、前者について石川県知事(以下「県知事」という。)の許可を、後者について県知事の承認を受けるよう津幡町都市計画課長名で指導した。

4  津幡町長の右指導はいずれも不当なものであったが、原告は、不承ながらもこれに従い、昭和五八年一一月一日、津幡町長に対し都市計画法二九条に基づく県知事宛の開発行為許可申請書を、津幡町農業委員会に対し本件構造改善局長通達に基づく県知事宛の農地転用許可後の事業計画変更承認申請書を各提出した。

5  しかし、津幡町長及び津幡町農業委員会は、合理的な理由なく、昭和五九年四月九日に至って原告に前記建築確認申請書、開発行為許可申請書及び事業計画変更承認申請書をいずれも返却し、今日に至るまで県建築主事等に対し右各申請書の進達を行っていない。

6  原告の右各申請書について津幡町長及び津幡町農業委員会が何らの進達を行わなかったことは、次のような理由で違法である。

(一) 建築確認申請書について

(1) 本件において、津幡町には、建築主事が置かれていないので、県建築主事が、建築確認の権限を有することになるが、この場合、市町村建築行政事務処理要綱に基づき、当該建築物の所在する区域を管轄する津幡町長が受け付けることとなっている。しかし、津幡町長は、建築確認申請について受理不受理の判断権を有しないものであるから、本件建築確認申請が法令に基づいてなされたものである以上、相当期間内に県建築主事に建築確認申請書を進達すべき義務があるのであり、これをせず、原告に対し何らの応答もしないことは違法である。

(2) 被告は、申請書は直接県建築主事に提出できるので原告の建築確認申請を妨げたことにならない旨主張するが、津幡町長は、申請書を直接県建築主事に提出できること等について、何らの教示もしていないのであって、そのような手続を申請者に期待することは不可能である。

(二) 開発行為許可申請書について

津幡町長は、相当期間内に開発行為許可申請書を県知事に進達すべき義務があるのにそれをしないのは同様に違法である。

(三) 事業計画変更承認申請書について

(1) 事業計画変更承認については、その承認の権限は県知事にあるので、津幡町農業委員会としては、右申請書が提出された場合には、法令に基づいた申請がなされた以上、相当期間内に県知事に右申請書を進達すべき義務があるのであり、これをしないことは違法である。

(2) 被告は、右申請書に隣地所有者及び生産組合長の同意書並びに土地改良区長の意見書が添付されていないことをもってこれを不適式のものと主張するが右同意書等の添付は法令上の要件ではないし、被告が右添付の根拠として主張する石川県農地関係事務処理要領も、単に行政庁間の処理要領を定めたものにすぎず、国民を拘束するものではない。そのうえ、同意書等が得られない場合はその経緯等を記載した書面を添付すれば足りるものというべきである。また、右申請においては、同意書等はいわゆる被害防除の関係で求められているところ、本件変更後の事業目的は旅館建設であることから、その使用状況や目的等は昭和五四年一二月に前記旅館が建築確認を受けた当時と何ら変わるところがなく、被害防除についても原告は万全の対策をとっているから、同意書等が得られない理由を記載した上申書を添付すれば、同意書等に替わるものというべきである。原告は、同意書等が得られない理由を記載した上申書を添付して、右申請書の受理を求めたのであるから、適式な申請をなしたものである。

(3) 被告は、申請書は直接県知事に提出できるので原告の申請を妨げたことにならない旨主張するが、本件においては申請書を直接県知事に提出することはできないものであり、仮にそれができるとしても、県知事に申請書を直接提出できることは国民に対する救済措置であるにすぎず、農業委員会を免責する趣旨ではないから、国民が農業委員会に申請書を提出した以上、農業委員会としては一定期間内に進達する義務を負う。また、国民は、農業委員会に申請書を提出した場合、農業委員会を経由して県知事から承認不承認の通知があるものと考えるのが普通であり、農業委員会において、直接県知事に提出できることを教示しないでそのような手続を申請者に期待することは不可能である。

(四) 申請書等の返戻について

原告は、前記3のとおり津幡町長の指導に従い、開発行為許可申請及び農地転用許可後の事業計画変更承認申請をしたものであるが、昭和五八年一二月に「『施設』増築計画について勧告した主旨により、申請は受理できないので返戻する」旨の通知とともに津幡町農業委員会と津幡町都市計画課から相次いで申請書が返戻され、これに対して原告が再度申請書を提出して実質的に異議を申し立てたところ、昭和五九年二月には「たとえ合法的とはいえ、必ずしも増築が適切であると判断しかねる」として津幡町長は再度提出した申請書を返戻した。

そうしてみると、津幡町長らの申請書の返戻は、書類の不備を理由としたものではなく、前記3記載の中止勧告に従わないことを実質的な理由としたものである。そもそも行政指導は、相手方の任意の協力を要請する非権力的な措置であるから、これが強制にわたることは許されないと解するところ、本件申請書の返戻は行政指導として許される限度をこえて強制的になされた違法なものである。

7  原告は、津幡町長及び津幡町農業委員会の右違法な不作為により次の損害を受けた。

(一) 営業利益 一五〇〇万円

原告が増築予定であった旅館の規模は、原告が現在営業している旅館の規模と同一規模のものである。右現在営業している旅館についての昭和五六年九月一日から昭和五七年八月三一日までの所得金額の合計は一一八三万一三六六円で、一か月平均九八万五九〇〇円である。増築予定であった旅館が営業を開始すれば、むしろ経費を削減できるので、さらに一か月当たり二五〇万円の利益をあげることができる。

原告の増築計画における旅館の営業開始は、昭和五八年一一月始めを予定していたので、少なくとも同月から昭和五九年五月までの六か月間に合計一五〇〇万円の利益をあげることが可能であった。

(二) 仮に右損害が認められないとしても、

(1) 営業利益 一一八三万一〇〇〇円

増築予定であった旅館が営業を開始すれば、少なくとも現在営業している旅館の前記所得金額に匹敵する一年間一一八三万一〇〇〇円の利益をあげることができたはずである。そうすると、前記営業開始予定日の後である昭和五八年一二月から昭和五九年一一月までの一年間に同額の利益をあげることが可能であった。

(2) 申請書作成費用 一〇〇万円

原告は、本件増築計画により、建築確認申請書図面等の作成費用として六〇万円、開発行為許可申請書等作成費用として四〇万円合計一〇〇万円の支出を余儀なくされた。

8  津幡町長及び津幡町農業委員会委員は、いずれも公共団体たる被告の公権力の行使にあたる公務員であるところ、その職務を行うについて故意又は過失によって前記5及び6記載のとおり原告の各申請行為を妨害し、これを著しく困難にさせ、前記7記載のとおり損害を負わせた。

9  よって、原告は、被告に対し、国家賠償法一条に基づく損害賠償請求として金一五〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五九年五月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、原告が昭和五八年六月二五日に津幡町長に建築確認申請書を提出したことは認める。

3  同3の事実のうち、津幡町長が、建築確認申請書の受理の前提として、原告に対し、都市計画法二九条に基づく開発行為許可申請及び本件構造改善局長通達に基づく農地法四条の農地転用許可後の事業計画変更承認申請をして必要な許可又は承認を受けるよう指導したことは認める。

4  同4の事実のうち、原告が、右指導に基づいて、津幡町長に対し開発行為許可申請書を、津幡町農業委員会に対し農地転用許可後の事業計画変更承認申請書を各提出したことは認める。

5  同5の事実のうち、津幡町長及び津幡町農業委員会が昭和五九年四月九日原告に本件建築確認申請書、開発行為許可申請書及び事業計画変更承認申請書をいずれも返却し、今日に至るまで県建築主事等に対し右各申請書の進達を行っていないことは認める。

6  同6は争う。

7  同7の事実は否認する。

8  同8の事実は否認する。

9  同9は争う。

三  被告の主張

1  原告代表者中村清治は石川県河北郡津幡町字太田ろ二六八番、二六九番及び二七〇番の各土地(以下地番のみで表示する。)の所有者であるが、昭和五四年に右のうち二六八番及び二六九番の各土地について農地転用許可を受け、そこに「モーテルクィーン」なる名称のモーテル類似施設(その実質や使用目的はモーテルと何ら変わらないがいわゆる風俗営業等取締法で規制されているモーテルと構造を若干異にしている。)を建設し、営業を行っていたものである。

2  その後、原告代表者中村は、昭和五七年、二七〇番土地(田八六六平方メートル)について右「モーテルクィーン」の駐車場に供するためと称して農地法四条に基づく転用許可申請をして同年七月二七日その許可を受け、昭和五八年五月八日右土地の地目は雑種地に変更された。

3  右転用許可後も右土地は駐車場に利用されないまま、原告は、昭和五八年六月二五日、「モーテルクィーン」の増築のため請求原因2記載のとおり建築確認申請書を提出した。

しかし、右申請については、第一に、都市計画法によれば、当該地域においては一五〇〇平方メートル以上の開発行為については知事の許可を要するものであるところ、「モーテルクィーン」の前記昭和五四年の新築時点ではその敷地である二六八番及び二六九番の各土地の合計面積は一一五〇平方メートルであって、右の許可は不要であったが、これに二七〇番土地の面積を加えると合計二〇一六平方メートルとなるので、右増築については開発行為についての許可が必要であった。第二に、右増築部分の敷地に当たる二七〇番土地は前記のとおり駐車場にする目的で転用されたものであって建物建築を予定したものではなかったため、ここに建物を増築するためには、本件構造改善局長通達に基づき、農地転用後の事業計画変更についての知事の承認を得る必要があった。

そこで、津幡町長は、原告に対し、前記建築確認申請の前提として、右の開発行為許可及び事業計画変更承認の各申請をするように指導した。

4  右指導を受けて、原告は、津幡町長に対し開発行為許可申請書を、津幡町農業委員会に対し事業計画変更承認申請書を各提出したが、右申請はいずれも必要書類を具備していなかった。

すなわち、開発行為許可申請については、都市計画法三二条の「公共施設の管理者の同意」に準じて区長の同意を要し、また慣行により開発にかかる土地の隣地の所有者の同意を要するものと考えられるにもかかわらず、それらの同意書が添付されていなかった。また、事業計画変更承認申請についても、その申請手続は石川県農地関係事務処理要領(昭和五八年三月一八日農政発第七七号農林水産部長通達。以下「本件農林水産部長通達」という。)によって処理されているところ、右通達によれば、隣地所有者の同意書、土地改良区長の意見書及び生産組合長の同意書が必要とされているにもかかわらず、それらの書類が添付されていなかった。

そこで津幡町長及び津幡町農業委員会は、原告に対し右必要書類を添付するよう指示し、それまでは右開発行為許可申請及び事業計画変更承認申請の正式受理を留保した。

5  その後、相当期間が経過しても右必要書類が具備されなかったため、津幡町長及び津幡町農業委員会は、本件建築確認申請、開発行為許可申請及び事業計画変更承認申請について最終的にいずれも不受理とし、関係書類を原告に返却した。

6  なお、建築確認申請については直接県建築主事に対して提出できるものであり、事業計画変更承認申請についても直接県知事に提出できるものであるから、津幡町長らが右のとおり関係書類を原告に返却したことによって、原告の本件建築確認申請等が妨害されたことにならないものである。

7  原告は、本件増築をして営業をなすことにより一か月二五〇万円の利益が見込まれるとして逸失利益の請求をしているが、右は単なる原告の目論見にすぎず、これによって利益がでるか赤字がでるかは客観的には不明であり、その逸失利益の存在を窺わせる証拠もない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実、及び請求原因2ないし5の事実のうち、原告が昭和五八年六月二五日に津幡町長に建築確認申請書を提出したこと、津幡町長が、建築確認申請書の受理の前提として、原告に対し、都市計画法二九条に基づく開発行為許可申請及び本件構造改善局長通達に基づく農地法四条の農地転用許可後の事業計画変更承認申請をして必要な許可又は承認を受けるよう指導したこと、原告が、右指導に基づいて、津幡町長に対し開発行為許可申請書を、津幡町農業委員会に対し農地転用許可後の事業計画変更承認申請書を各提出したところ、津幡町長及び津幡町農業委員会が昭和五九年四月九日原告に本件建築確認申請書、開発行為許可申請書及び事業計画変更承認申請書をいずれも返却し、今日に至るまで県建築主事等に対し右各申請書の進達を行っていないことは、いずれも当事者間に争いがない(なお、右開発行為許可申請の根拠法令は、都市計画法附則四項、同法施行令附則四条の二但書、石川県都市計画法施行細則(昭和四五年六月二〇日規則三七号)附則二項であると解する。)。

二  右一記載の争いのない事実に、《証拠省略》を合わせると、次のような事実を認めることができる。

1  原告は、二六八番及び二六九番の各土地(面積合計約一一五七平方メートル)上に旅館を建築して営業をしていたが、右各土地に隣接する二七〇番土地(面積約八六八平方メートル。昭和五七年に駐車場に供するとして農地法四条に基づく転用許可を受けていたもの。)上に建物を増築することを計画し、前記のとおり建築確認申請書を提出した。

2  これに対し、津幡町長は、本件条例において、モーテル等類似施設を新築、改築又は増築等する場合に、その施設計画を予め町長に届出させて審査し、これが善良な風俗又は自然環境を損なうおそれがあると認めるときは、その実施をしないことなどを助言又は勧告できると定められていたことを根拠に、右増築予定の建物が本件条例に言うモーテル類似施設に該当し、かつ、町民の清潔な生活環境を阻害するとして、昭和五八年七月一一日、右増築の中止を勧告した。

3  原告が右勧告に従わずに申請を維持したところ、津幡町長は、第一に、都市計画法によれば、当該地域においては一五〇〇平方メートル以上の開発行為については知事の許可を要するものであるところ、原告の従前の建物の敷地である二六八番及び二六九番の各土地に新たに増築予定の二七〇番土地の面積を加えると合計約二〇二五平方メートルとなるので、右増築については開発行為についての許可が必要であること、第二に、右二七〇番土地は前記のとおり駐車場にする目的で転用されたものであるので、ここに建物を増築するためには、本件構造改善局長通達に基づき、農地転用後の事業計画変更についての知事の承認を得る必要があることをそれぞれ指摘して、前記のとおり、原告に対し、開発行為許可及び事業計画変更承認の各申請をするように指導した。

4  右指導を受けて、原告は、前記のとおり開発行為許可申請書及び事業計画変更承認申請書を各提出したが、津幡町長は、右開発行為許可申請について、都市計画法三二条の「公共施設の管理者の同意」に準ずる区長の同意書及び慣行によって必要とされる隣地所有者の同意書を要するとし、また、津幡町農業委員会は、事業計画変更承認申請について、本件農林水産部長通達によれば、隣地所有者の同意書、土地改良区長の意見書及び生産組合長の同意書を要するとし、それぞれ、原告に対し右同意書等を添付するよう指示し、それまでは右開発行為許可申請及び事業計画変更承認申請の正式受理を留保した。

5  原告は、津幡町長及び津幡町農業委員会に対し、右同意書等を添付できなかった事情を記載した上申書を提出したが、これに対し、昭和五八年一二月に「『施設』増築計画について勧告した主旨により、申請は受理できないので返戻する」旨の通知とともに津幡町農業委員会と津幡町都市計画課から相次いで申請書が返戻され、さらに原告が再度申請書を提出して再考を促したところ、津幡町長は、昭和五九年二月、「たとえ合法的とはいえ、必ずしも増築が適切であると判断しかねる」旨記載された書面を、原告に送付し、最終的に津幡町長らは、前記のとおり本件建築確認申請書等をいずれも返却し、今日に至るまで県建築主事等に対し右各申請書の進達を行っていない。

三1  本件各申請書受理手続について

(一)  建築確認申請について

建築確認は建築主事が行うものである(建築基準法六条)ところ、津幡町には建築主事が置かれていない(被告は明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。)から、同町における建築確認に関する事項は県建築主事が司ることになる(同法四条五項)。そして、《証拠省略》によれば、石川県においては、建築基準法施行細則(昭和四八年六月一日規則四二号)二条、市町村建築行政事務処理要綱二条及び三条、土木事務所における建築基準法関係事務処理要領二条、五条及び六条により、建築確認申請は当該建築物の所在する区域を管轄する市町村長において受け付け、市町村長から申請書を当該管轄の土木事務所長に進達し、これを受けた土木事務所においては、職務分掌に従い、土木事務所建築主事において建築確認を行うかあるいは土木事務所から申請書を本庁の建築住宅課建築主事に進達することとなっていることが明らかである。

(二)  開発行為許可申請について

開発行為許可は都道府県知事が行うものである(都市計画法附則四項)ところ、石川県においては、石川県都市計画法施行細則(昭和四五年六月二〇日規則三七号)四条により、右の許可申請書は当該開発区域を管轄する市町村長を経由して提出し、これを受理した市町村長は、所定の事項について調査のうえ、意見を付して当該管轄の土木事務所長に進達することになっていることが明らかである。

(三)  事業計画変更承認申請について

《証拠省略》によれば、本件通達は、農地法四条による農地転用許可後一定の転用事業実施の促進措置を講じてもなお許可目的を達成することが困難と認められる事案である場合において転用事業者が許可に係る目的の変更を希望するときなどに、転用事業者等に事業計画変更承認申請を行わせ、許可権者である都道府県知事等においてその承認をすることができると定めているところ、右の承認申請書は都道府県知事が承認する場合においては農業委員会を経由して提出し、これを受理した農業委員会は、意見を付して知事に進達することになっていることが明らかである。

2  右1において検討したところによれば、本件各申請書受理手続において、申請書を一旦経由庁である津幡町長又は津幡町農業委員会に提出し、これを受理した津幡町長又は農業委員会は、一定の形式的審査をしたうえ知事等に進達することになっていることが認められるが、右は行政上の便宜を考慮して定められた内部的な事務処理手続にとどまり、これによって経由庁に申請の受理不受理の実質的な審査権を与えたものと理解することはできない。もとより、経由庁が、申請に必要な添付書類の具備等の形式的要件を審査し、その補正を指示することは条理上許されてしかるべきであるが、それはいわゆる窓口指導の範囲にとどまるべきものであって、申請者の任意の協力を前提としてなすべきものである。したがって、仮に必要な書類の添付がない場合といえども、経由庁の補正の指示に申請者が応じないであくまでも申請を維持した場合においては、判断権者の適法な許否の判断を経ないで、経由庁が申請書を拒否することは不適法である。

これを本件についてみると、まず、原告が、津幡町長の指導を受けてなした本件開発行為許可申請及び事業計画変更承認申請については、津幡町長が本件開発行為許可申請について区長の同意書等を要するとし、また、津幡町農業委員会が本件事業計画変更承認申請について隣地所有者の同意書等を要するとし、それぞれ、原告に対し右同意書等を添付するよう指示して右開発行為許可申請及び事業計画変更承認申請の正式受理を留保したことまでは、申請者の任意の再考を促すという意味でこれを適法と理解することができるが、少なくとも、これに対し、原告が、右同意書等を添付できなかった事情を記載した上申書を津幡町長らに提出した後相次いで同町長らから申請書が返戻されたのにもかかわらず、再度申請書を提出した段階では、もはや原告の任意の協力を期待できる状況にないことが明らかであるから、津幡町長及び津幡町農業委員会は、すみやかに申請書を知事に進達してその許否の判断を受けさせるべきであって、津幡町長及び津幡町農業委員会が昭和五九年四月九日原告に本件開発行為許可申請書及び事業計画変更承認申請書をいずれも返却したことは、もはや不適法な行為というべきである。

そして、本件建築確認申請についても、同様であって、津幡町長が、原告に対し、開発行為許可申請及び事業計画変更承認申請をして必要な許可又は承認を受けるよう指導したのに応じて本件開発行為許可申請及び事業計画変更承認申請をし、前記のとおり、相次いで津幡町長らから右申請書が返戻されたのにもかかわらず、再度申請書を提出した段階では、それ以上の原告の任意の協力を期待できる状況になく、そのままで本件建築確認申請を維持する原告の意思が明確であるから、津幡町長は、すみやかに申請書を管轄の土木事務所長に進達して、判断権者による許否の判断を受けさせるべきであって、津幡町長が昭和五九年四月九日原告に本件建築確認申請書を返却したことは、もはや不適法な行為というべきである。

3  もっとも、前記二2及び5認定のとおり、津幡町長が原告の増築予定の建物が本件条例に言うモーテル類似施設に該当する等として、右増築の中止を勧告したことや、津幡町長及び津幡町農業委員会が、原告に対し、昭和五八年一二月、「『施設』増築計画について勧告した主旨により、申請は受理できないので返戻する」旨の通知とともに本件開発行為許可申請書及び事業計画変更承認申請書をいずれも返却したことに鑑みると、津幡町長らが本件建築確認申請書等を返却した実質的な理由は、原告の増築予定の建物が本件条例に言うモーテル類似施設に該当することにあり、書類の不備は表面的な理由にすぎないとも窺える。

そこで検討するに、普通地方公共団体は、風俗又は清潔を汚す行為の制限その他の環境の整備保全に関する事項をその責務のひとつとしているのであり(地方自治法二条三項七号)、モーテル類似施設等が善良な風俗又は自然環境を損なうおそれがあると認められたときに、その建築等の実施の中止を勧告できるとする本件条例の定めは、それ自体違法であるとはいいがたい。しかしながら、それは本件条例自体が「助言し又は勧告することができる」としていることからみても、相手方の任意の協力の下に行われる行政指導にすぎず、相手方がこれに不協力・不服従の意思を表明している場合には、特段の事情が存在しないかぎり、これに反して申請書の進達を留保することは違法であり、まして、相手方の明示の意思に反して申請書を返却するようなことはどのような事情があっても許されないと言うべきである。これを本件についてみると、前記のとおり、相次いで右申請書が返戻されたにもかかわらず、原告が、再度申請書を提出した段階では、それ以上の原告の任意の協力を期待できる状況になく、そのままで本件建築確認申請等を維持する原告の意思が明確であるから、津幡町長らは、すみやかに申請書を進達して、判断権者による許否の判断を受けさせるべきであって、津幡町長らが昭和五九年四月九日原告に本件建築確認申請書等を返却したことは、もはや不適法な行為というべきである。

四  損害について

1  営業利益

《証拠省略》によれば、原告が従前から営業していた旅館(客室一一室)について、昭和五六年九月一日から昭和五七年八月三一日までの間の申告所得額(修正申告後のもの)は一一八三万一三六六円であり、本件によりさらに客室九室が増築予定であったことが認められる。そして、原告代表者は、本件増築により回転率が上がり、人件費も合理化できるので、さらに一か月二五〇万円の利益をあげることが可能であった旨供述する。

しかし、《証拠省略》によれば、本件旅館の近辺には他の同種営業者も存することが認められ、それら業者との競争関係の中で所期の利益を上げることができるかどうか未確定の要素があり、また、本件増築による建築費の負担やこれに伴う金利の負担も無視できないものがあり、これらの事情に照らすと、本件増築により直ちに利益を上げられるか疑問であり、他に原告主張の営業利益を認めるに足る証拠はない。

そうすると、津幡町長らによって適法に本件各申請書が進達された場合に、これが許可ないし承認されたかどうかの検討をするまでもなく、右のとおり、営業利益にかかる損害を認めるに足りる証拠がないから、これについての原告の主張は失当である。

2  申請書作成費用

(一)  原告は、本件増築計画により、建築確認申請書図面等の作成費用として六〇万円を支出し、これが津幡町長らの不法行為による損害にあたる旨主張する。

しかし、津幡町長らの違法な申請書の返却及び進達の不作為がなくとも、右は本件増築を実施しようとすれば当然必要となる支出であって、これらの行為と通常因果関係を有する損害とはいいがたい。したがって、原告の右損害の主張はそれ自体失当である。

(二)  原告は、開発行為許可申請書等作成費用として四〇万円を支出し、これが津幡町長らの不法行為による損害にあたる旨主張する。

しかし、かかる開発行為許可申請書等作成費用についても、津幡町長らの違法な申請書の返却及び進達の不作為がなくとも、開発行為許可申請及び事業計画変更承認申請の手続をしようとすれば、当然必要となる支出であって、これらの行為と通常因果関係を有する損害とはいいがたい。

なお、前記のとおり、津幡町長から開発行為許可及び事業計画変更承認の各申請をするようとの指導を受けて、原告は、その内心の意思はともかく、これに任意に応じて、開発行為許可申請書及び事業計画変更承認申請書を提出したものであって、かかる指導自体直ちに違法であると断じがたい(原告もこれ自体によって損害を受けたことまで主張しているものでないと解される。)から、右指導に基づいて提出された右各申請書の作成費用が損害となるものではない。

したがって、原告の右損害の主張も失当である。

五  結論

以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寺本栄一 裁判官 春日通良 松谷佳樹)

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